(メンバー)
松九会 登山 クラブ:藤井哲夫・和子夫妻、澤田眞次・律夫妻、藤尾明、風間廣雄、原田和夫、大宅道雄、西儀務
西田初夫、林幸子(小野真弘、小林俊幸)
福岡まいづる山岳会:井上孝、石内美佐子、松井久美子、白井安枝、中川初実
参加者が18名にもなったのでマイクロバスをチャーター、高速・益城熊本空港I.Cを降りて俵山トンネルを過ぎ、グリーンピア南阿蘇の標識にしたがって行くが、南阿蘇ゴルフ場の入口のゲート前に入ってしまった。目的の地蔵峠の道と違ったようなので引き返し、久木野の町で道を尋ねると、やはり今入った道で“途中の最初のホテル手前から右に上がる”と教えられ、再びその方向へ進むと「地蔵峠」方向を示す小さな標識があった。道路はコンクリートの舗装がされているが、進んでいくうちに両側はカヤが茂り、所々に樹木の枝が張りだしてバスの屋根や窓に当たる。数人が降りてそれを折ったり曲げたりしながら進むが、大きな石が道を塞いでいるところもあり、2〜3人で押し返して通れるようにする。
道幅もタイヤいっぱい、何とかギリギリで進んでいくが、私の頭の中は“この先本当に行けるのだろうか?道幅が狭くなるのでは?、こんな山の屈折した道をバックで下ることは、もう不可能な大変なこと”Uターンするにも、そんなスペースは見当たらず、ガイドブックのみに頼った調査不足に強く心に反省しながらも、反面“絶対に行ける”という思いもあり、とにかく前進してもらう。やがて車が走るエンジン音がして、木陰の前方に停まっている車も見えた。バスの後ろについて最後の急坂を登り詰めると、立派な舗装道路に出た。すぐ左に駐車場(普通車6台、大型2台)があり「地蔵峠」の標識。jかんは大幅に遅れた、ここに着いたのがもう昼近い。“ここで昼食を”との声もあったが“山に入ってから”と左の木段に足を踏み入れる。すぐに本来の地蔵峠に着く(12:03)。峠の広場に祠があって、中に4体の小さな地蔵が鎮座、皆それぞれにお参りして日陰を求めて弁当を開く。周囲には薄紫の花“マツムシソウ”が秋の名残を見せている。
昼食を済ませ冠ヶ岳へと腰を上げる(12:30)。山道をしばらく進み「駒返峠」標識を、右に行くと舗装道路・駐車場に出る(先ほどの駐車場より上)で、その道路の右側に「冠ヶ岳」への標識があり(12:50)木道のステップを登り、ササの原から落葉樹の森へと進み、軽いアップダウンを経て、護王峠〜俵山への縦走路分岐を左に折れ冠ヶ岳山頂へ着く。(14:28)。
周囲はやや小さな広場だが展望は360度、さらに南へ細い山道を詰めると大きな2つの岩、その上に立つと雄大なパノラマ・大きなカルデラの外輪山の展望が広がる。30万年前の阿蘇の大爆発! 九州の地に、その地下に、何があったのか、そのエネルギーの規模は?と思うと想像をはるかに超え、はかり知れない畏怖を感じる。
記念写真に納まり折り返して下山、舗装道路に出る。計画では、この右の大矢岳〜大矢野岳へと登るつもりだったが、道迷いのロスが大きく時間不足で諦めて山を降り、南阿蘇久木野温泉「四季の森」の展望風呂で“道迷いの冷や汗”を洗い流して帰路につく。 (藤井哲夫 記)
【写真撮影:原田和夫】
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